【サブ記事】挑戦と失敗
どうも、G師匠でございます。
と、だいぶ穏やかな始まりの挨拶でありますが、今回はサブ記事です。
ガンプラ記事も、今日中にはあげられると思います。
今回は何について書くかと言うと……
挑戦と失敗
です。
タイトルにも書きましたが、今回はこのテーマで書いていきます。
人は、何かに挑戦して、失敗して、そこから成長して、それの繰り返しです。
でも、年齢を重ねる毎に、失敗を、そして挑戦すらも、恐れるようになるんです。
なぜなのでしょうか。
今回は、そこを考えていこうと思います。
◆なぜ挑戦を怖がるか
先程、失敗も挑戦も恐れるようになると書きましたが、その原因はなんでしょう。
なぜ、怖がるのでしょう。
挑戦しなければ、失敗しなければ、成長しないはずなのに、なぜか、それを恐れるんです。
その理由はきっと
取り返せない
そう思っているからです。
「ここで失敗したら、もう取り返しがつかないから」,「自分が挑戦したところで、どうせ失敗するんだ」などと思っているんです。
安全をとるか、挑戦をとるか、その選択をされた時、人は、「安全」を取りに行くんです。
失敗するのが怖いから、取り返しがつかないから、そっちの方が安全だから、自分はそういう人間だから、まわりに何か言われるから……
いろんな理由をつけて、「挑戦」という選択肢を必死で切り捨てるんです。
確かにそうですね。
失敗すれば、自分はどうなるか分からない。
失敗すれば、何を言われるか分からない。
失敗すれば、きっと後悔する。
そんなことを考える。
先を予想する。
怖くなる。
安全を選ぶ。
それが人間の、「答え」ですか?
「安全」を選ぶことが正しいんですか?
違うはずです。
なぜ、先を、先を、と考えるのですか?
そんなに、先を見て行動することが大事ですか?
転ばぬ先の杖は、そんなに必要なものですか?
YESと答えるなら質問します。
それが、「挑戦」を潰しているのではないですか?
そんなことを心に留めながら、次へ……
◆絶対 と 不可能
「絶対無理だよ」,「それは不可能です」
そんなフレーズ、聞いたことありません?
僕もたまに聞くセリフです。
ですが、ひとつ疑問があります。
「絶対」なんて、「不可能」なんて、誰が決めたんですか?
そういう法律が、きまりが、あるんですかね?
あったとしてそれは、本当にそうなのか。
「常識」って言葉がありますね。
それも、誰が決めたんですか?
「常識」ってなんですか?その定義に完全に当てはまる人なんて、どこにいるんですか?
小さい頃を、思い出してください。
アナタは、たくさんの夢を抱えていた。
あれになりたい、これになりたい、こんなものが欲しい、すごいものを作りたい………
抽象的でも、アナタは夢を持っていたんです。
でも、いつの間にか、それをなくしてしまった。
勿論、今でも目指してる方、また、叶えた方もいらっしゃるでしょう。
ですが、多いのは、「叶わない」と知って、諦めてしまった人なのでは?
それはすなわち、「絶対」「不可能」の線を自分で、どこかに引いてしまったということです。
でも実際には、
不可能なんてない
これです。
理想論だと、綺麗事だと思う方もいらっしゃるでしょうが、では「理想」を作ったのは誰?
…間違いなく「人間」です。
人間の作ったものが、人間に超えられないなんてことがありますか?
その理想を叶えられるのは、私たち人間しかいないんです。 これを読むアナタも、その1人なんです。
不可能はない、そう信じて……
◆2つが示すこと
上に2つのこと(挑戦&可能性)を述べましたが、この2つが示すことは、なんでしょうか。
それは…
挑戦はいつか成功を生む
僕が、いちばん伝えたかったことです。
これを、信じてください。
「”絶対”に失敗する」という先入観が、固定観念がアナタの中に、知らない間に作られてしまったから、「挑戦」しなくなり、「成功」もなくなるんです。
挑戦しなければ、新たな成功はないんです。
「不可能」「絶対」そんなことは無い。可能性は誰にだってあるんです。アナタの中には、アナタにしかない可能性があるんです。それを引き出すのが「挑戦」です。
失敗して後悔したくないなんて、そんなの嘘です。挑戦しない方が、ずっと後悔が重い。これは経験から言えることです。
受け身や逃げてばかりでは何ひとつ始まりはないんです。アナタが行動を起こしたとき、やっとアナタの人生が始まるようなもの。
それを見つけるまでさまよっていい。失敗したっていい。
その経験が、アナタを、世界を、変えるんです。
大袈裟な話ではありません。
これまでいくつもの挑戦が、世界をつくってきたんです。
アナタも、その一員になりましょう。
その第1歩が、「可能性」と「挑戦」と「失敗」の三拍子。
その第1歩が、大きなチカラに繋がる。
このメッセージが、1人でも多くの人に伝わりますように…………
ではさようなら